全部だきしめて。

オトコ心とアソビ心のPhoto&Essay、ついに統合エディション!‥‥とか

っらっしゃーい(^O^)/
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な〜んかもうね、片っ端から世の中にソッポ向きたくなる時があるよね。

思えば人の世ってヤツはさ、色んな局面で型にはめられるってコトがやたらと多い。
それが所属組織の枠組みの中でなら、まーしょーがねーや、どしてもイヤんなったら出て行きゃいーんだし、なんて自分を慰めるコトもしたくはないが出来なくもないのだが、そーではない世界で「お人柄」みたいなものをテキトーに期待されてよ、「テンペイ斯くあるべき」みたいな、「道端に落ちてるものを拾って食ってはいけません」みたいな、「タマゴを茹でる時には小さじ一杯のお塩を入れましょう」みたいな、イヤ最後のはチョッと違うような気もするが、しかしいずれにせよ、そんなん徹頭徹尾俺の勝手なのだ。

塩を入れずに茹でたタマゴを商売で売ろうってんじゃないんだからさ、俺が食うんだから、カラが剥きやすかろうが剥きにくかろーが大きなお世話なのだ。
ついでに落ちてるもん拾って食ってみたって、腹壊すのはあくまでも俺であって、そんでも医者なんか行きもせず一人でウンウン唸ってるだけなのだから誰も困りゃせん。正露丸が一瓶余計に売れて薬局が喜ぶだけだ。
むしろ「拾得物です〜」なんて言って焼き鳥の一串とか持ち込まれた日にゃ、村の駐在のほうが困っちまうとゆーのだ。

だが悲しいコトに、世間はいつもヒトを型にはめたがる。自分にとって都合の良い枠組みにヒトを収めちまえば、それは安心であるに違いないが、しかしそれは野生動物を檻に閉じ込めて鑑賞したがるのと同じだゾ。
ボクは風のようにいつも生きていたい。
♪そんな時ボクはバーボンを抱いている〜、うひゃうひゃ。



‥‥じゃなくて、そんな時ボクは、もうホント世間との接触とか一切合切断ち切って、ただ一人無人島でロビンソンクルーソーやりたい! 一人だけど十五少年漂流記やりたい!! 風船にヘリウムガス詰めて青空の彼方へ飛び去りたい!!! などとココロ激しく思うのだ。
逃避願望と呼ばば呼べ。どーせ聞こえやせんから知ったこっちゃねーや(^^)v



だが実際問題として、無人島独りぼっちの生活をアタマの中で徒然シミュレートしてみるに、三日で死ぬ自信があるんだ、俺。
別に自殺願望はないのだから三日ではチと面はゆい、、、じゃなかった心苦しい、、、イヤ心苦しくもないな、単にバカらしいだけだな。
せめてよ、四季の移り変わりくらいはキッチリ体験してから、獲物捕る用に自分で掘った落とし穴にハマって這い上がれず飢え死にするよーな、そんなオモシロおかしい最後を遂げるのならば良い。

そう、ヒトから見れば喜劇、本人に取っては悔やんでも悔やみきれないチョー悲劇、ってそれは何か先週書きかけだったテーマのよーな気もするが、しかも「前編」と銘打って終わってたよーな気もするが、そーいうコトを突き詰めたい気分ではないのだ今日の俺は。



で、結局無人島で一人じゃ生きて行けねー自信があるから、次の策としてもうチョイ現実的に、カノジョと二人で無人島!!な〜んて辺りじゃどうだろう?

「オメーにカノジョとかいんのかよっ」とかそーいうのはいらんお世話で、ちゃ〜んと右の肩には妖精サンがおって四六時中俺の耳元にナニゴトか囁きかけてくれてるとゆーのだ。
妖精サンのお名前はMW600・エリザベス・iPhone、とっても歌が大好きで、何故か曲の好みが俺とスンゲー合ってるの(ハート、ってホットケよ(^◇^;)

だけどカノジョと二人だけつーのもさ、心理的には最も落ち着く気がするが、生き抜くに際しては一人でいるのと大差ない気もすんだよねー。
そりゃーロビンソンクルーソー顔負けの強靱な意志と体力と逞しさを合わせ持ち、乱世を生き抜く為にあらゆる創意工夫と防衛と計略を怠らない抜け目のないカノジョなら別だが、しかしそんなカノジョはどっちかと言えばいらん。



そーすっと、ヤッパ自分に足りない知識やら技術やら特殊技能やら補い合うために、ヒトは複数構成による集団生活を営まねばならんコトになり、それは既にして社会である。

そんじゃーさ、ギリギリ妥協して、小集団の社会、即ち気の合った者同士で無人島買い取ってコミューン的に暮らすってのはどーよ?



って、実は俺はコミューン的な集団ってのも余り好きじゃないのな(^◇^;)
特にカルト系ではそーいうの多いっしょ。最初から部外者とは交流しません、みたいな排他的他者侮蔑的閉鎖的観念を根底に持って生きるのは、同じヒトとしてどーなのよ、って思う。

イヤ、そーいうのがさ、社会を形成してなきゃいーと思うんですよ。個々の問題ならね。
それこそ恋人同士とかさ、あるいはせいぜい家族・一族郎党くらいまでなら、その排他的というか独立集団的存在も許容出来る。
ってか実際、そーいうのは確として存在してるもんね。オモテではごく普通の一般社会の構成員に見えて、実は排他的独立集団である、つーの。
ま、家庭なんつーもんが元からそーだけどねぇ。



って考えると答えはいつになっても堂々巡りでさ、結局のところヒトは無人島で伸び伸び暮らせるようには出来てない、ってトコに行き着くのな。
いかに息苦しかろうとも、ヒトは社会の構成要素の一つとしてヒトに揉まれて肩を押し合いへし合い生きている姿こそが自然なのだと。

‥‥でもやっぱ、自由でありたいよな。。。

みんなみんないいヤツばかりだと
お世辞をつかうのが億劫になり
中にはイヤなヤツだっているんだよと
大声で叫ぶほどの勇気もなし
とにかく誰にも会わないで
勝手に酔っぱらっちまったほうが勝ちさ
そんな時 僕はバーボンを抱いている

ー 「ペニーレインでバーボン」 吉田拓郎 ー





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