全部だきしめて。

オトコ心とアソビ心のPhoto&Essay、ついに統合エディション!‥‥とか

っらっしゃーい(^O^)/
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う〜寒い。今は真冬である。
ヒマなことでもあるし、ホント寒いから電話の話でもしましょうか‥‥。



電話つってもiPhoneじゃないよ。
昭和の電話について話そうと言うのだ、ボクは。
‥‥あ、最初に断っとくけど、電話の写真とかありませんぜ。
予定になかったから撮ってねーもん。
そんで今日は長いよ。
でも細かいことは気にしちゃや〜よ(^^ゞ



ボクんチに電話がやって来たのは、確か小五の初冬の頃だったかと思う。
昭和40年代後半の話だ。
クラスの裕福なほう半数くらいの家庭には、とっくの昔にあったのだ、電話。
でも俺んトコにはなかったのだ。それはウチがビン‥‥ほっとけ(^^ゞ

その年は、その町に独立した番号が与えられたとか何とかで、富裕層ではない残り半分の家々が、一斉に電話持ちになった記念すべき年だったのだ。



じゃ、それまでどうしてたかつーとね、走ってたんです。
意味わかんねーですか?でも本当なんですよ。

ウチは長屋で裏手に陽の当たらない地味のよくない畑があってその向こうに石垣があって‥‥って以前に話しましたけど、その石垣の上の高台には、ちょっと洒落た家があった。

俺んチが羽目板むき出しの長屋だつーのに、その家は許し難いことに白壁で屋根は赤い瓦だったりして、さらに許し難いことに玄関開けるとマットがあって犬の置物がコッチ見てたりして、そんでちょっと許せることにオヤツはビスケットに紅茶だったりして、俺は、おお、ブルボン王朝とはこんな暮らしをしているヒトビトを言うに違いない、とか眼を血走らせてオヤツをご馳走になったりしてたのな。
まー今にして思えばその家も、マッチ箱みたいな家だった。全然大したことないぞ。



で、ウチへの電話は、何故かその家にかかってくるのだ。
流れ者一家の我が家に電話なんかしてくんのは、大方よその地の人々だから、かかって来んのは料金が割引になる夜九時過ぎなんですね。

で、ウチに電話が来ると、上のブルボン王家が我が家に面した窓を開け、大声で”おらぶ”ワケだ。ちなみに「おらぶ」ってのは五島の古い方言で、大声で叫ぶって意味だ。
「○○さーん、長崎の山田さんから電話ぁ〜」とかな。

冬なんか窓閉め切ってっから、TV付けてるとおらび声は空しく我が家の上空を彷徨うばかりだったりする。
そんでもブルボンは、コッチが気付くまでおらび続けてくれる。
で、声に気付くとオフクロがきしむ勝手口の扉を開け、おらび返すんですね。
「いつもすみませ〜ん、どっからですかぁ〜???」



これ、大事なんですね。
なんでかつーと、ウチからブルボン王家までは直線で見上げれば10mも離れとらんが、そこへ出向くには玄関を出てまずは長屋の端まで行き、端の家の脇をすり抜け、川端の狭い石段を全力で駆け上がり高台の上に出て、それから三軒くらい立ち並ぶ一戸建て住宅を横目に見ながら通り過ぎねばならん。
近いようで遠い、それがブルジョワの法則。

だからオヤジ宛ての電話なのにオフクロが出向いちゃったりすると、今度はオフクロがブルボン家の窓から「おとーさん、電話ぁ〜!」っておらぶコトになる。

そんで、あまり待たせちゃ悪いから、オヤジは焦って家出ようとして狭い玄関先に置いたピアノに足の指ぶつけてのたうち回りながらも駆け出したりすることになる。
電話ひとつで阿鼻叫喚。それが我が家の法則。



まあそんな感じでした。
じゃあ、かける時はどうするか。

これはね、人んチの電話は使えない。使いたくない。貧乏人のプライドってヤツだ。
従って、ちゃんと電話を貸してくれるところに出向くのです。

ウチの場合、それは最寄りの雑貨屋であった。
最寄りつっても徒歩20分くらいは離れてるんだけど、赤い公衆電話は徒歩35分の大波止ターミナルまで行かなきゃなかったから、それよりは身体に優しかったのだ。

ブルボン王家の電話機は黒のダイヤルをジーコジーコ回すヤツだったが、雑貨屋の電話は黒のノッペラボウだった。
電話機のサイドにレバーが着いてんのな。
受話器を持ち上げて、レバーを全力でぐるぐる回す。今で言うならケータイの手回し充電器みたいな感じだ。

そーすっと、受話器の向こうで交換手が出る。
そんで相手先の番号を告げ、受話器を置いて待つ。じっと待つ。
相手に繋がると、こっちの電話がリリーンとか鳴ってお話が出来るのだ。
魔法の箱のようだった。
通話が終わって電話切ると、しばらくしてまたリリーンと鳴って、交換手がかかった料金を教えてくれて、それを店に払って、って電話ひとつかけるのもオオゴトだったのですね。



そんな我が家に電話が来るんだから、そりゃもう一大イベントですよ。
盆や正月より盛り上がりましたよ、我が家は。
各家庭順繰りに配線工事やったんで、自分ちの番がいつ来るのかわからなくて、毎日ドキドキしながら学校から飛んで帰りましたね。
教室でも「俺んチ、昨日来た\(^O^)/」とか、そんな話ばっかでしたね〜。

やって来た電話は、薄いグリーンのダイヤル式でした。
ブルボン王家の電話機より、一段高級に見えて嬉しかったな〜。

で、オフクロが小さな座布団を縫いましてね、電話はその上に鎮座しておった。
俺が喜んで触りまくるっしょ、すると指紋がいっぱい付くんですね。
オフクロがそれを嫌って、電話専用のフキンまで傍に置いてあった。
でも使いやしませんやね、そんなもん。

そうしたら、ある日家に帰ったら、何故か電話は服を着ておった。
業を煮やしたオフクロが、レースのカバーでくるんじゃったんです。
木枯らしが吹いてた、今日のように底冷えのする時期でした。
もしかしたらオフクロは、電話機も寒かろう、なんて思ったのかもしれません‥‥。



でもさ〜母ちゃん、布でくるんじまうんなら、わざわざグリーンにした意味なかったんじゃねーのぉ(^O^)/

‥‥って、あの世で逢ったら聞いてみよう(^^ゞ

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昨日は体調不全で一日寝てて、家から一歩も出ておらん‥‥。
そんで一夜明ければ一面の銀世界で、朝から除雪車がうるさくて寝てられん‥‥。

しかも昨日俺が寝てる間に、ご近所で二軒不幸があったとかで、手伝いは頼まれなんだが弔問はせねばなるまいな〜。

さらに今日は、息子と妻が受験に旅立つ日でもある。
明日が本番で試験会場が遠いから泊まりがけで行くんですねー。
‥‥俺も旅立ちたい\(__ )



ところで、家ってヤツは不思議ですね。
特に手入れもしないまま十年ほども暮らした家も、ヒトがいる限り外観なんかキレイなもんで、さほど老朽化したようには見えん。
ところが住むヒトの途絶えた空き家となると、瞬く間に家の中まで荒れ果ててしまうのは何故でしょう。

例えば俺んちのフスマは、子供三人猫うじゃうじゃの環境にもかかわらず張り替えたことなど一度もないが、端っこが少々破れてるくらいで、さほど痛んではおらん。
もっとも、桟の一部は猫がこぞってツメ研ぎに使うので、竹ヒゴみたいになっておる(^^ゞ

それが二年ばかり空き家になってる家をのぞいて見ると、その家のフスマなんて上張りは破れ下張りも破れ骨が露わになり、あまっさえ剥き出しになったそれがところどころ折れちまってたりするんですよね。

あれはやはり、ヒトがいないと見極めるや否や、魑魅魍魎どもが寄ってたかって住み家と定めてしまうからなんですかねぇ。
‥‥などと、昼日中からまたもやオカルト・モードのオトコがひとり。



子供の時分、ちょっと集落を外れた草深い場所あたりに、散在してましたねぇ、廃屋。
遊び仲間と散々やりましたよ、廃屋探検\(^O^)/

あれは楽しいよねー。
肝試し的なノリではなく、宝探しの気分ですね。
埋蔵金発掘ロマンのプロトタイプみたいなものだったんでしょーね、多分。

まー、田舎のアバラ屋を捜索してみたところで、仏間だったと覚しき部屋に傾いた遺影が飾られてあったり、無造作に引き出されたタンスの中からボロ切れがのぞいてたりするばかりで、十円玉ひとつ見っかりゃしないんですけどね。



俺、一度、メジロを呼ぶ竹笛を見つけたことある。
いい音で鳴るんですよ、これが。
もう狂喜して持ち帰り、宝物にしましたねー。
だけど、ある時気づいたらどこにも無かった‥‥。
どこに行ったんでしょうね?持ち主のもとへ帰ったのか?

で、マレにビスケットの缶々なんぞ発見してフタを開けてみると、メンコなんぞが詰まってたりすんですね。
こんなもの見つけた日にゃ、もうガキどもは大騒ぎで奪い合いですよ。

‥‥「メンコ」つっても若人には判らんか?
ビー玉やコマと並んで決戦玩具の三種の神器じゃ。
スーパージェッターやら赤影やらの絵が描かれておるのじゃ。
‥‥とか、ますます持って判るまい、うひゃうひゃ。



で、とりあえずは大騒ぎして互いに所有権を主張し合い奪い合うのだけれども、このメンコやらあるいはソフトビニールの人形やら発見すると、ミョーな感慨が胸に押し寄せたりもするわけです。

それまでは、ただの探検隊気分なんですよね。
アバラ屋と化すに至った背景なんざ、ガキどもには関係ない話ですから。

それが、子供の玩具を眼にすると、狂喜のあとに寂寥感がやって来る。
おそらくは自分と年端の変わらぬであろうこの玩具の持ち主は、お宝をそのままに一体どこへ消えたのであるか、なんて疑念が頭をかすめるわけです。

この家から人が消えた背景に想いを巡らせ、だがしかしガキの頭で考えつくストーリーなんてたかが知れてるから、結局のところ「神隠し」とか「一家惨殺」とかにたどり着き、急速に恐怖に包まれる。



こういう感情って、誰も何も言わなくても一気に伝播すんですよね。
誰かがそういうコト考え出すと、何故か皆が黙り込み、いきなり訪れた静寂の中、家の空気まで冷んやりと感じ‥‥

一人が出口に踵を返す素振りを見せると、全員が雪崩を打って戸外へと躍り出ることになる。
そんで、チャンとした人家が見えるあたりまで、一心不乱に駆ける、駆ける。
一番最後になると化け物に取って食われでもするかのように、皆がみな髪振り乱して半狂乱で駆けるんです。

ようやく集落の見えるとこまでたどり着き、息弾ませて立ち止まり、ぐるりと回りを見回せば‥‥
あれ?
いっつもグズでズンダレのツトム君はどこ行った?

‥‥な〜んてことは決してなく、ガキどもの頭上には暖かいお日様が燦々と降り注いでいるばかり、だったりするんですねー、これが。



そうして、その頃になって、真剣な面持ちで誰かが言い出すんです。
「押し入れの隙間から婆さんがこっちを睨んでた」だの「赤ん坊の泣き声がずっと聞こえてた」だの。
まあ、「誰か」つっても、それはほとんど俺なんですけど(^^ゞ

するとよくしたもので、必ずそれに同意するヤツが出て来るんですよー。
「あー、ネズミ色の着物を着とったねー」とか
「あ、俺も聞いた、台所の方で泣いてた」とか。
おまえらアタマ大丈夫か?

そんで俺もまた悪ノリして、「そうそう」なんて眉ひそめてうなずいちゃったりしてな(^^ゞ
「そのメンコも呪われてっかもしれんから、俺が清めといてやるわ」とかな(^^ゞ

で、翌日ボクが登校する頃にゃ、教室中に「あの家はお化け屋敷」って噂が駆け巡ってたりすんですね〜、うひゃうひゃ。



‥‥俺、窃盗と風説の流布で逮捕されますか?
もう時効ですよね、全ては風の中の出来事ですもんね〜。
うひゃうひゃ。

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「 通り過ぎるあなたが風なら 私も今すぐ風になりたい 」

僕はもともと、あんましTV見ない人である。
その上すっかりオッサンなので、芸能関係の情報が遅いのは勘弁してくれい。

何の話かというと、拓郎の「風になりたい」つー往年の名曲の話なのだ。

僕は日本の端っこの某離島の産である。
そんで僕が子供の頃は、今みたいに通信機関が発達してはいなかった。
当時の僕の故郷は、こと文化に関する限り、中央圏から10年は遅れていた。

娯楽施設つったらパチンコ屋とボーリング場が一軒ずつあっただけだ。
従って子供にとってはTVくらいしか娯楽の種がなかったわけだが、
そのTVにしてからがNHK以外には2局しか映らず、
しかもそれがしょっちゅう砂嵐になる環境だった。

何が言いたいかつーと、音楽なんてものはTVを通じて知る歌謡曲くらいしか身辺になかったってことなのだ。

中学に入って自分で組み立てたトランジスタラジオ(こーゆーのが流行ってたんですよ…)
聞くようになって、ようやくTVではあまり聴けない音楽が耳に入ってくるようになったのだ。
もっとも、そのラジオさえ、日本の放送より韓国の電波の方が入りがよかったんだけどねw

前置きが長過ぎる気もしなくはないが、ともかくそんな環境に育った僕が、
歌謡曲から卒業して本格的に音楽を聴くようになったきっかけの曲が
この「風になりたい」だったわけです。

歌ってたのは川村ゆうこだが、歌い手には興味がなかった。
作詞作曲は吉田拓郎氏で、「結婚しようよ」や「襟裳岬」の作り手であることは知っていたが
実は顔さえも知らなかった。いわゆる拓郎世代とは一世代ずれてるからね。

ただただ、この曲の雰囲気に感応したとしか言えないが、とにかくハマっちゃったのである。

この曲がきっかけでギター弾くようになり、
いわゆるフォークやニューミュージック(って言葉はまだなかったと思うが)、
果ては意味もわからぬまま洋楽まで手当たり次第に聴くようになっていった、
僕の人生のターニングポイントとも言える歌なのです、この曲は。

時が流れて、拓郎がこの歌をアルバム内でセルフカバーした時も
(「俺が愛した馬鹿」ってアルバムだったと思うがもう手元にないんでうろ覚え)
この曲のためにLP買ったくらいだ。

そんで話はぶっ飛んで、こないだ大好きなダイソーwで買い物してたら、
何か聞き覚えある曲が。でも聴いたことない。でもどう聞いても「風になりたい」。
しかもやたらとカッコいい。とても気になる私。
でもすっかり音楽情報に疎くなってるんで、訳わからんでパニックになる私。
まさか今時カバーされるとは思えなかったし。

まぁ、とっとと結論を言っちゃうと、僕がダイソーで耳にしたのは
「中ノ森BAND」つーガールズが今年1月にリリースしたカバー曲であった。
なんでも拓郎の曲をバックに使った映画の挿入歌だとか。

そんで調べてみたら、かつて沢田聖子とか、数年前に我那覇奈美?…全然知らんw…
って人とかもカバーしてんだね。
1976年リリースの、そんなバカ売れしたわけでもない曲がねー。
ちょっと感動。

基本的に拓郎節はアクが強すぎて、誰が歌っても拓郎ぽさが消え難い。
だけどこの「中ノ森バージョン」は、元歌知らなきゃ拓郎とは気づかないくらい
洗練されててカッコいい。
俺の個人的な感想だけど。
俺的には本家より好きかも。(ちなみに吉田拓郎は大好きです。元気になって欲しい)

で、ノリの軽い俺は早速山を下りて!シングル借りてきたんだけど
…………
「風になりたい」はいいんだけど
…………
カップリングの「人間なんて」だけは
…………
止めてほしかったw……無理だってw



 ↑ こないだの満月の日、今度はコイツが子を産みやがって、
しかも6匹も産みやがって、もうぐちゃぐちゃ。
何故か俺の布団で子育てすることに決めたらしいし。




 

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