全部だきしめて。

オトコ心とアソビ心のPhoto&Essay、ついに統合エディション!‥‥とか

っらっしゃーい(^O^)/
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GMailのフィルターを増やし過ぎちゃって、なんかワヤクチャなんで見直してたらますますワヤクチャになって、もー気が狂いそうな今日この頃ですが皆さまいかがお過ごしでしょーか。

そんでアタマ来て、一回フィルタ全部削除してみたらば、読む気もねーメルマガがズンドコズンドコ受信ボックスを占拠しやがって大事なメールは何処かに埋もれてしまいまして、iPhoneの表示設定を「200件」にしていたオノレのバカさ加減を笑うしかない今日この頃ですが、皆さまいかが以下略。

ところでボクには花の知識がない。
唐突に口尖らせて主張するよーなこっちゃないですけどね(^^ゞ
ともかく花の知識に乏しい。

‥‥一般常識にも乏しいんですよー。だから給料を差し‥‥‥‥もーいいやぁ済んだことは。

で、花の知識が皆無に等しいからって、別に花が嫌いなわけじゃない。
普通に好きですよ。花見て不愉快になったりはしないし。

ただ、関心は薄いんで、心惹かれる花を見ても「おー、これは何という名の花なのであろうか」とか、「嗚呼、この花を我が家の庭にはびこらせ朝な夕なに鑑賞などしてみたいものよ」なんてコトは思わない。
ボクにとって花は研究の対象ではないので、花はあるがままに野にあればそれだけで良いのです。

そんでもってボクの心に語りかけてくれたりすれば更に良い。
でもそこで会話が成立しちゃうと、回りに変な目で見られる可能性なきにしもあらずなので、語りかけられてもソッポ向きますけどね、ボクは。
花よ悪く思うな、身を守るためだ。世間体と言うモノがあるのだボクにも。

そんなボクは、当然、花の名もあまり知らん。
知らんから大方の花は「名も無き花」ってジャンルに分類している。
九分九厘まで「名も無き花」であるから、分かり易いし苦労もいらぬ。
‥‥ホントですよ。嘘と思ったら一回試してみ?便利さに驚くこと請け合いよ(^O^)/

でもな、知ってる花もあるんです。
もちろんそれは、特に心惹かれる花ってコトになるわけですね。
それはどんな花かと申し上げますと、「菜の花」「紫陽花」「朝顔」、そんで「桜」。
この四つは別格なのですね。
「梅は?」って思うかもしらんが、実は「梅」と「桃」との区別がつかんから却下です。

「菜の花」はね、別になっちゃんとの付き合い上口にしたワケじゃーない。昔から好きなんです。
春の黄昏時にぼーっと菜の花眺めてると、なんか幼い頃の甘く切ない感覚が甦って鼻の奥がツーンとしてくる。菜の花は優しい花です。

「紫陽花」はね、別に紫陽花さんとの付き合い上口にしたワケじゃーない。恋を捨てたあの日から好きなんです。
梅雨時にパラパラと落ちる雨に打たれて更に鮮やかさを増すその姿は、なんか昔の恋人の面影を偲ばせて鼻の奥がツーンとしてくる。紫陽花は雨がとても似合う花です。

「朝顔」はね、夏休みに末娘が窓辺に植えるから口にしたワケじゃーない。なんで好きなんかな?
夏の朝、澄み渡った空気の中で誇らしげにパッと開いてる爽やかな佇まいを目にすると、気分爽快になる。朝顔は浴衣の柄にとても似合うと思うんですね、個人的に。
そんで朝顔柄の浴衣着た女性に弱いんですね、個人的に。
ボクはなるべくなら女性にご飯をご馳走して欲しいヒトなんだけど、朝顔柄の浴衣の女性にはご飯をご馳走してもいい、それくらい好きなんです、個人的に。

そんなワケでこれらの花は思い入れがある。好きだ。愛しているとまでは言わんが好きなモンは好きだ。誰にも邪魔はさせん。

しかしこれらを差し置いて、圧倒的に心惹かれて止まぬのが「桜」なのです!!
桜は別格だ。桜はすごい。桜ってヤツは、思わず生き様を投影させたくなるほど凛とした人生観を持った特別な植物だ。ブラボー。
もはや俺は興奮して何言ってるか自分でもわかってないのだ。

だが、今うっかり書いた「差し置いて」って言葉が「差し押さえ」を連想させて急速に不愉快になったから、今日はもう書くのやめる。
「桜」への賛美は、明日という日に、もー譲る。

‥‥明日ありと思う心の徒桜www







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幕末の英傑、高杉晋作は、決して「困った」と言わないコトを信条としていたのだそうだ。

「困った」時点で知恵も曇れば思考も鈍る。
考え込んで答えをヒネり出すまでの間、時が付き合って待っててくれるワケではないのだ。
ひたすら先へ疾駆したい男にとって、逡巡は邪魔なだけだったのだろう。



緻密な思考能力を有しながら一瞬のひらめきだけに賭け続け、奇跡的に全てを成功させた幕末の火の玉ボーイ。
そんな高杉は、短かかったその生涯の晩年、竹の絵ばかりを好んで描いたという。

維新という大舞台を目前に病に倒れた高杉の眼には、若竹の逞しい生命力が限りない憧憬の対象となったものか。
あるいは、常に天に向かって真っ直ぐに伸び行き、決してその節を曲げない竹の姿を、自らの生き様になぞらえていたのだろうか。



長州藩、高杉晋作 享年二十七。
「おもしろきことも無き世をおもしろく」
病床で吟じたというこの句に、高杉の筆による下の句は、ない。



‥‥とか、竹の写真が余ってたんで書いてみた\(__ )

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休日にこれほどスッキリ晴れたのは、いつ以来だろうってくらい、終日好天だった。
高原の村はよほど空気が澄んでたと見え、いつもの点景がやたらシャープに見えるのだ。



そんでもって高原の村は、今日は秋の祭りイベントの日なのであった。

出し物として村民による歌舞伎が行われる。
僕は一度も見たことないが‥‥(^^ゞ

で、児童による「子供歌舞伎」ってのもある。
長女が出るのだ。
そういえばここんトコ、毎晩夜更けまで練習に行ってたっけ。

僕は見に行かなかったが、カミさんが行って写真撮ってきた。





筋は知らないが、なんと長女はお姫様であるらしい。
なんか知らんが中心人物なのだ。
素晴らしい出来であったと妻は言う。ホントかよ。

まぁしかし、娘が姫君なら父親である俺は殿様じゃん。わはは。
息子は若君で次女は二の姫でカミさんは奥方様じゃん。わはは。

サブ機のFUJIのネオ一顔、FinePix s6000fd をただ今知人に貸し出し中なんで、
カミさんに K10D 持ってけ、つったんですよ、僕は。
だけどカミさん、「私には荷が重う御座いまする」とかなんとか武家言葉でつぶやいて、カシオの S-500 携えて撮ってきたんだが、暗い舞台にもかかわらず結構な描写でビックリ。

一方僕はその頃、家で猫を撮っておりました‥‥(^_^)v






( ↑ これは今朝のベストショット。こういう描写が来るから好きなんだ、DA70Lim) 

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