全部だきしめて。

オトコ心とアソビ心のPhoto&Essay、ついに統合エディション!‥‥とか

っらっしゃーい(^O^)/
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ん〜とね(^◇^;)
「それフォト」一周年記念の記事アップつーコトで、気合い入れてスライド作ってYouTubeに上げたんですね。
普段は2、30分でヤッツケでやっちまうんだけど、今回は半日近くかけたんですよ。ヒマだったし。

そんで「それフォト」に投稿しようとしたらさ、何度やっても埋め込みコードが弾かれるワケです。
「何でよー(-_-;)」とか思って風Photoで試してもダメ。も、全然ダメ。

ところがコッチにゃ普通に貼れるんです。つまりようつべ側ではなくエキブロの問題である。。。
しょーがないんで会のほうにはリンクだけ貼ったという間抜けな顛末がスッゲー腹立たしいんで、コッチにアップしよ。



俺さ、過酷な運命と闘ってる全ての人々、ホントに心から応援したいのな。
「頑張れ」って言うな、つー意見も耳にするけど、俺はやっぱ叫びたい。
日本全体と、そんで特に特定の三人ばかしのヒトに向けて叫びたい。
一緒に頑張ろうや!(^O^)/

‥‥てなコトを会で叫びたかったんですけどねー(^◇^;)
いいや、もう。


追記
とあるヒトが自分のブログ(エキブロ)で試してくれたら普通に貼れたって(-_-;)
風Photoもダメなのになんでやろか???
‥‥いいやもう(^^ゞ
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スーパー久し振りの更新になっちまったねー。お久でごぜーますm(__)m

ぶっちゃけさ、今回の震災と原発に関しまして、スッゲー気がかりな人たちが幾人かおったワケですね、俺的に。
その人たちにチョッとでも何かしらの手助けにならんかな〜、とか思いまして、コトが落ち着くその日まで原発情報だけを流し続けるつもりでおった次第です。

んでもさ、内容が身に迫り来る危険に対してのものっしょ。火急の問題っしょ。
つまり情報には正確さとスピードとが求められる。そんでもちろん、イタズラに不安を煽りたくはない。
そーすっとな、この腐りきった国家と癒着企業の隠蔽方針のもと、急を要する正確な情報なんぞ得られないワケですよ、一個人には。

ボクは日本の大手マスコミを一切信用してなかったんで、情報は主に海外メディアとUstreamやニコ生のノーカット会見、そんでPDFでアップされる各種資料から得ていた。
そうやって得た内容はTV報道とは全く真逆で、しかも隠匿がバレて真実がオモテに出るのは大体3日遅れとかでさー、情報発信の意味をなさないんで、更新できずにいたんですね。
だって火急の事態に三日遅れの悪い情報なんてよ、受け取ったほうだって困るわな。どーしろと。

そうして日は流れに流れ、今さらになって事故勃発当時の悪い情報を、渋々つった感じで次々と「認め」始めたね。特に保安院が。
時既に遅しですけどね。
そんでこの在り方は今後も変わらないコトは確信できた。
今、ヤバい状態に陥っても決してそれは口にしない。ヤバければヤバいほど、明かされるのは一月後とかになる。
そんな情報には意味ねーから、よって俺はもう原発のハナシはせんのですよ。誰も助けられんもん。

だがしかし今日を最後に言っておくが、政府や東電の息のかかったTV局等の「安全」アピール・「安心」プロパガンダは一切信用するなよ。
ウソと詭弁の固まりだ。オマケに今後はこの話題に関する情報規制・統制まで本格化するらしい。
それはつまり、オモテで眼に出来る情報は「ウマくいってます、安全です、もう安心です」ばっかになるかもしらん、ってコトだ。ま、今までもそうだったけど。
だけんどそれをイッコたりとも信用すんなよ。

雑に言い切っちまえば、今現在でも原発の状態は、肝心要の部分ではほとんど何も変わっちゃいねー。
単に空間への放出量は減少気味で横這いで、今後大量に放出される可能性は低かろう、って状態にあるに過ぎない。
要するに「安全・安心・ダイジョーブ」を信用できる要素も根拠も、今のところはイッコもないのよ。

そんで今後がウマく行ったとしても、これからもまだまだずーーーーっとダラダラと放射性物質は出続け、汚染は徐々に進行していく。最終的にどこまでで抑えられるのか、当事者にさえ見通し立たない状況にある。

けどそんなこと以前に、残念ながら3/20くらいまでの間に相当な広範囲で、俺たちはすでに被曝しちまってる。
5年後、10年後に影響は出だすだろう。
が、もうどーしようもないもんなぁ。どんだけ癌や白血病や原因不明の体調不良を訴えるヒトが増えたって被曝との因果関係の立証は難しい。だから国は「避難区域」とした場所以外の国民に何の補償も与えないだろう。
この国は国民の生命・生活を守るコトよりも、国家としての体面・メンツを保つ選択をした。

その様をヨコメに眺めつつ、俺はもう、心底この国家に愛想が尽きたが、国土は心から愛してる。
どのみち大して寿命も残ってねーしよ、日本の地には殉じると決めたのな。

だけど未来を担う子供たちだけは、本気で守ろうと思いやがれよ、政府よ。
勝手に安全基準を引き上げて「安全です」とかやってんじゃねーよ、ボケどもが。
オメーらのやってるコトはよ、「はい、地震の最大震度は新たに10まで設定しましたので、震度7くらいはまだまだダイジョーブです」つってんのと一緒だぞ。ホイホイ騙されると思うなよ。国民なめんなっ。

まーそんなワケで、後はやがて真実が誰の目にも明らかになった時点での、国民一人一人の覚悟の問題に行き着くであろー。
従って今さら何言っても始まらん、と。
だからもう原発の話題は一切せん、と。
んでも今でも情報だけは出来る限り収集してっから、個人的に関心のあるヒトは問うてくれれば熱くオハナシは致します(笑)


はい、殺伐とした話題は終わり。
先週、うららかな陽気のもと、恒例の木曽撮りに行って参りまして、写真はぼつぼつと風Photoにアップしておる最中ではありますが、コッチはマトメのスライドで少し和もうよ、そろそろいい時分じゃねーの?とか思いましてな〜(^◇^;)

そんでBGMね、迷ったんですよねー。
実はこの歌、あんまり好きじゃない(^◇^;)
好きじゃないのだけど、好みでもないのだけど、何故か木曽撮りに行くたびについつい口ずさんでる自分がイヤ(^◇^;)

で、面白くねーからさぁ、これ見た方々はみんなこの曲がアタマにこびりついて、木曽行くとみんなみんな思わず口ずさめばいいのじゃ!
俺だけじゃねーってコトでチョッとは俺の気が晴れるってもんだ。
そーとも俺は極悪人だ\(^O^)/

ではね。ご堪能あれ(笑)



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ヒトの一生は出逢いと別れの繰り返しだよね。
そーしてどんな出逢いも、それは必ず別れとセットでやって来る。
ボクは何が苦手と言って、別れがいっちゃん苦手なオトコだ。

相棒として使って来た物品との別れさえ苦手なくらいだから、飼ってるネコとの別れとかなったらもう、結構ナミダ堪えたりしてんのな(笑)
死別じゃなくって、ただ単に同じ村ん中で貰われて行くだけでも、子供らより俺のほうがショボくれる、、、バカだね〜(^◇^;)

そんなくらいだから、ヒトとのサヨナラなんつったら、それはもう、間違いなく一週間一ヶ月くらいは引きずるね。
不条理な別れだと尚更だね。

でも、ま、悔やんでみてもしょーがない。
ヒトは皆、それぞれの思惑でそれぞれの世界を生きている。

一つのエピソードの終わりは新しい物語の始まりを意味するんだもんな。
後には想い出と感謝ばかりが残る。ウラミゴトなんてあろうはずもない。
だからこそヒトは辛さを乗り越えて、また旅を続けるコトが出来る。
そ−いう風に出来てるはずだ、多分!!!

な〜んて、強引にポジティブな今日の俺であった\(__ )


傷つけることはしたくない 優しさがわかりすぎて
バカヤロウって言ってほしかった
それだけを言い忘れたのでしょう‥‥
- 吉田拓郎 「ともだち」 -




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起きたらこんな状態↑だったんで、もう全く動く気になれず一日じゅうPCのメンテなんぞやってまして、他にやったコトと言えば(自分が食うための)ブロッコリーを茹でてみたくらいのものである。(^◇^;)
塩が効きすぎてしょっぱくて食えたもんじゃなかった(^◇^;)

今にして思えばPCの調子が悪いわけではないし、ブロッコリーを茹でる必要に迫られていたワケでもないのだから、フスマの張り替えでもやったほうが建設的だったかな〜と思わないこともないが、今さら思ってもいかにも遅い。
そしてこの期に及んでも、年賀状でも作ればよかったよな、とかは一切考えもしない。
疲れてるからそんな元気ないのだ。しょーがないのだ。

もちろん疲れてるのは俺ばかりではなく、この暮れも押し迫った時期には片付けねばならんことが山積してるから、師走のどん詰まりってだけで相当数のヒトが疲れているハズなのだ。
その上で俺らの歳ともなると、多少の無理にも不安がよぎるほど身体がゆーコトきかん、ってコトもないがかと言って、疲れなんぞ一晩寝りゃ元通りよ、ってほどに体力やら回復力やらに余裕があるワケでもなく、それなのに社会人としての立場上そうそう世の中の動向にソッポ向いてばかりもいられない。
つまり疲れが蓄積する一方である、と。

で、まぁボクなんて突っ走るしかしらんオトコだから、「疲れ」と「休養」を天秤にかける程度のアタマはあるのだけれど、「癒し」というモノをあまり気にしたコトがない。
身体は無理をすれば悲鳴をあげるが、未だかって精神が悲鳴を上げたことはない、多分。
だから例えば「あー海を見に行きてぇ、波の音を聞きながら眠りてぇ」などと思うコトはあっても、それがどーしても必要だと思えるほどに自分の神経が疲弊してるって実感したコトはないのですね。
「どーせ死にゃーユックリ出来るんだしよー、生きてる間は前に前に進んでりゃいいんだよ!」って自分で自分に喝を入れるのがクセになってる部分もあるしね。

だけど俺だってごく普通のオトコノコなのだから、人並みには精神も疲れてなけりゃおかしいとは思うんですよね。
ただただ15で家を出てからこっち庇護してくれる人も帰る場所もなく、疾風怒濤の渡る世間の荒波をくぐりぬけ立ち向かい時に粉砕され、それでも社会のボーダー付近にしがみついて生きてきた、いや生きてこねばならなかった、疲れるコトなど許されない、顔で笑って心で泣いて、背なで揺れてるカラジシボタン、、、、とかそこまで言うとまるで大層な天命でも授かった崇高な闘いの人ででもあるかのようだが、そんなバカなコトがあるはずもなく単にその日の食いぶちに追われ続けて30有余年なオトコなだけだが、いーんですよソンナコトどーだって!!(^◇^;)

とにかく人並みに疲れてるハズだ、俺だって!
それなのにこーして突っ走ってこれたのは、知らず知らずに「癒し」ってヤツを求め、そんで手にしてきたからじゃないのでしょーか。


そー思って振り返って見て、ハタと気付いた。
俺はさ、精神的に疲弊した状態に立ち至ると、無意識のうちに女性シンガーの歌声に逃げ場を求める傾向にあるみたいだ。
要は俺にとっては、音楽とオンナの融合体こそが、心の崩壊をくい留める最後の砦であると同時に究極の癒しであるのに違いない。
つまり「好みの声質の女性が好みの曲調の歌を歌う」って条件が満たされれば、それ聴いてるだけでどんどん心の傷が癒えて行くのですな。リラクゼーションの店なんぞに通う必要はない。とても安上がりですな。(^^)v

で、若かりし頃は、つーか、ま、今でもそーなんですけど、やっぱ石野サンの声質がツボだったんですね。
この場合大事なのは、ひとえに俺が癒されるかどーかなのだから、歌唱力云々は別に問わないワケです。
‥‥って、こーいう言い方すっと、まるで石野サンの声は好きだが歌は下手だ、つってるみたいだが、全然そんなことないぞ。
石野サンは地声の伸びがスゲーんだよね。上から下まで艶を失わずに抜ける声が出せる。そんだらもって最初の引退の前2年くらいの歌唱力は半端なかったんだよ。キャピキャピアイドルとしてのイメージが定着し過ぎてて正当に評価されてないことが無念である。
が、今日は残念なことに石野サンを語る日ではないのだ。それは今度ゆっくりやる。

で、とりあえず俺も元シンガーの端くれとしてね、好きな女性シンガーってのはいっぱいおるのだけれども、俺の癒しのツボたる声質の持ち主にはなかなか巡り会えない。
必要性は増すばかりなのにね。
夏川りみが世に出た時に、その声質が石野サンによく似てて、なおかつ歌唱力も申し分なくて「おっ?」とか思ったのだが、チョッと刺さりすぎるんですよね。抜けが良すぎて楽器みたい。それはボーカリストとしては申し分ないことなのだけど、俺のツボ的には微妙に外れてたんです。
あの夏川りみを持ってしてそんな感じなのだから、やはり俺は癒しなどと言うものとは無縁の日々を送らねばならんのかもしれん。

そんな中でさ、もし仮に何かの偶然でピッタリくる歌声に巡り会えたとしたならば、それはもう至宝とすべき出逢いと言い切っちゃって構わないワケで、「えー?いい歳してその辺にハマってちゃマズいっしょ」とか言わずによ、さっさとスライドでも作ってな、自分の癒しの処方箋にするってーのが賢明なオトコの生き様だったりするワケよ(^◇^;)

いい声してると思う、マジで。(^^)↓




  ー 「100回のKISS」 sing by Eri_Kamei ー

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※12/28、もうチョッといい音源に変更しました。
しかし音はよくなったが最初のキャプションを打ち間違えちまいました‥‥なんてマヌケなんだ(^◇^;)



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クリスマスかぁ。。。クリスマスねぇ。。。
まぁキリストほど誕生日を盛大に祝い続けてもらってる人は歴史上におらんね。
空前にして絶後な幸せなオトコとお呼びしてもよかろう(^◇^;)

しかしさ、キリストが傑出した偉人として感動的な生涯を送った人物であることに異論はないのだけども、「誕生日」つーのはそんなに重要な意味を持つのかね?

キリストつうのは言わずと知れたキリスト教の教祖‥‥まぁ厳密に言えば旧約聖書においてその出現を預言された偉大なる救世主(と見なされておるヒト)なワケで、しかしそーいう講釈はひとまずほっといて要は世界最大宗教の要となるお方である。

我が国に擬えるならば国教である神道のその長たる存在である天皇に比することができようか。ってどーいうワケか唐突に論文調のオトコだ俺は(^◇^;)

で、我が国の天皇の生誕日はそのまま『天皇誕生日』という名の祝日であるが、しかし今上だけのハナシですよね?
ま、先帝の誕生日も祝日扱いになってはおるけど、名前変わってるし、とこしえに祝日扱いが続いたとしても平成以降の世代にゃピンと来ないんじゃなかろーか。
つまり言祝がれるのは一般人同様生きてる間だけなワケですね。

そんでまぁ、創世神たるイザナギ・イザナミ、皇祖神たるアマテラス、初代神武天皇にまで至ってみても、特に誕生日を祝われてはおらん。
つまり神道において生誕日は特には重視されていないと言える。


ほんじゃ仏教はどーだ?
一応お釈迦サマの生誕日は大切にされてはおる。4月8日の『甘茶の日』ですね。
が、仏事に触れる機会が多くなければその日を知らんヒトも多そうだし、甘茶の日は知ってても、それと♪はぴばすでーつーお釈迦サマ♪が結びつかないって人もいっぱいいそうではある。

そもそも仏教では死んで初めてヒトは仏になるのであるから、ヒトとしてこの世に生を受けたコトは別に目出度くもなんともなく、仏になる日のほうが重要なイベントなのな。
だから命日ってヤツを大事にし年忌法要とかやるワケで、ほんじゃ何でお釈迦サンだけ特別待遇なのよ?って、それはお釈迦さんは生きながらに解脱した生き仏だからなのだ!!!

って誰がクリスマスに仏教の講釈を垂れろつった?


とにかくそんな感じで、照らし合わせて考えても2000余年に渡って生誕日を世界中に祝われておるキリストはスゲーと言えよう。
何せ全くキリスト教には無縁の俺でさえ、ガキの頃からクリスマスはキリストの誕生日って知ってたくらいだもんなぁ。

だが長じるに従って、クリスマスってのはケーキを貪りつつサンタさんにオモチャを貰う日になり、次いでカノジョとやらにプレゼントを渡す日になり、更にカノジョとやらと豪華ディナーを貪ってホテルの一室で星に祈りを捧げる日となったあたりで、もはや俺は聖書の神には決して救われること無きトガビトと化したのだ、わはは。
汝姦淫スベカラズ、わはは。

そんで更に長じてからは、ガキどもにプレゼント買い与える為に盛大にフトコロを痛めすすり泣かねばならぬ忌むべき日となりまして、そこでよくよく考えてみたらばよ、キリストがどんだけ偉大でもそれは俺にはあまり関係なく、イヤ、イッコも関係なく、だからそーいうのを季節イベントとしてさ〜、ネコもシャクしも節操なく盛り上がるのはもうやめようよぉ、正月だって目の前なんだからさ〜、どっちかイッコでいいじゃんよぉ‥‥

と、そーいうコトが私は言いたい。



ところで数日前からコパさんとこでクリスマスソング特集やってんだよね。
俺もリクエストしようかな〜と思ったのだけど、ここまでのところ上がった曲目は上品だったり可愛かったりが大勢を占めておって、70年代ニューミュージックを持ち出すのは気が引けた(^◇^;)
だもんで自分でやります(^◇^;)

そ、俺にとってのクリスマスってのは、キリスト生誕ともサンタとも関係なく、単なる純愛の想い出だ〜(^◇^;)


甲斐バンド - 安奈 -





※スライドとは名ばかりで、今回写真は1枚コッキリでした\(__ )  にほんブログ村 写真ブログ フォトエッセイへ



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